『はじまりの物語 ——もしくは輪廻に関する考察と分岐——』 一遼次郎
はじまりの物語 ——もしくは輪廻に関する考察と分岐—— 一遼次郎 一 蜜柑の実を前に、青年は首を傾げた。一体この実は、いつから有るのか。 三日前か、五日前か、それとも十日前だったか。いや、もっと前のような気もする。 座禅を解き、瞑想から暫し離れた彼は、まじまじとそれを見つめ...
はじまりの物語 ——もしくは輪廻に関する考察と分岐—— 一遼次郎 一 蜜柑の実を前に、青年は首を傾げた。一体この実は、いつから有るのか。 三日前か、五日前か、それとも十日前だったか。いや、もっと前のような気もする。 座禅を解き、瞑想から暫し離れた彼は、まじまじとそれを見つめ...
俺たちのプロローグ 洛葉みかん 世界には、何をしたって敵わないものがある。腕力、財力、知力、権力……どれを使ったって、勝てないものには勝てない。世界の頂点に君臨する強い者がいれば、必ずその下には搾取され踏みにじられる弱い者がいる。それが世界の理というものだ。全世界の...
水葬 中島修吾 沈んでいた意識が一瞬で浮き上がった。好きなロックバンドの曲をアラーム音に設定してから前より目覚めがいい。不快な警告音より好きなバンドの曲で始まる一日のほうがいいにきまってる。 ベッドから跳ねるように起きると、今さら部屋の中の景色が違うことに気が付いた...
What′s my name? 椎名南瓜 「もう名前決めた?」 「俺はまだー」 「一は?」 「あー、俺もまだ」 「だよなぁ」 そう言って四五はさっき売店で買った焼きそばパンにかぶりつく。六三四もうんうん、と頷いておにぎりを口に運ぶ。...
酔狂 朝喜 今宵は満月だ 「月がきれい」としか出てこない我が脳みそが恨めしい 頭の中には詩人も作家も芸術家もいない それでも今夜はきれいな月が出ているのだ 空想の文化人は各々の言葉で 「月がきれい」を綴る 相手がどんなに魅力的か 自身の恋心を伝えるために...
リモート・コントロール 大保江冬麗 『僕と付き合ってください!』 大学一回生のとき、私に告白してくれたのは同回生の男の子だった。私は喜んで告白を受け入れた。彼とは大学の授業で出会ってから、三か月ほどの仲だ。明るく、親切で、顔も良い。でも、そんなことよりも、私を選んで...
巻頭インタビュー「アイドルとして」 鎖骨 和服姿に身を包んで梅林の中で静かにたたずみ、幽玄を体現するかのような永江拡樹。 「儚げで何処かに行ってしまいそうな感じで」とスタッフから告げられ撮影に入った途端、撮影前にみせた人懐っこい姿とは打って変わってかのように雰囲気が...
死んだと思っていた推しが生きていた話。 鎖骨 本文は某雑誌に掲載されていた永江拡樹くんのインタビュー記事を読んだ元ファンの主が、自分の気持ちを落ち着けるために書いたものです。ほぼ自分語りの乱文なうえ、インタビューのネタバレになる部分もあるかと思います。それでも大丈夫...
みぞれと血 汽包 透明なグラスにみぞれは音もなく沈み、凍空の下。氷の熱が指先を侵して、焼け付く痛み。ユキの体は彼女の意識から離れたところで独りでに震える。目は安堵に似た仄かな光を宿して、唇は淡い紅を残す。 灰色の街にみぞれが降る。みぞれが降る日、彼女は庭へ出る。凍える雨風に...
夜明けの朝食 大保江 冬麗 「また新しい彼氏できたの?」 穏やかな音楽が流れる、カジュアルな内装の喫茶店。大学が始まって以来、私にとって唯一の友人であったサチは運ばれてきたモンブランを食べながら、呆れた口調で言った。 「そう。また告白されたから」...
たった3時間だけの魔法 佳河健史 1 〝夢の王国〟を取り囲むようにモノレールは廻っている。進む方向に顔を向けるように立つと、ちょうど私の左側と右側で別の世界が広がる。その境界を、夢の王国の国境をアピールするかのように、モノレールは静かに進んでいく。...
ペロちゃんキャンディーのイチゴ味はいつも余る あさぎ お菓子入れの中を覗き見る。真っ赤な毒々しい色が四本、居場所を奪い合うようにして収まっている。私はイチゴ味が苦手だ。毒々しい色も苦手だし、イチゴの嫌な部分だけを取り出したような甘さに辟易する。本当は、ブドウかリンゴか、オレ...
HANABI 佐藤ビオラ 1 弾けた火花の光のせいで、こんな自分までもが煌めいていたのかも知れない。 まばゆい幻影は、あの夏へと導いてゆく。今もまた夜空に消える花火を見る。そのたび、過ぎ去った熱源の中に僕はいるのだ。初めて来た場所、初めて向き合った人の面影を、あの優しい光と...
私は美少女GT 美少女(わたし) 美少女(わたし)を美少女(わたし)とするのは紛れもない美少女(わたし)自身 美少女(わたし)であることを決めるのは美少女(わたし) 美少女(わたし)は他の何者かに認められて美少女(わたし)になるわけではありません...
鳥兜 島綿秋 「あなた、どの型にしますか」 シリコンかなにかで作られた顔が、「慈悲」と名付けられるであろう表情を私に向けた。柔らかな低音が、机の上に置いているパンフレットに落ちていく。 「……ヒト型。そうじゃなくっても、五本指のがいいです」...
やさしさ 朝喜 君は優しいから 言葉を選ぶ 君は優しいから 自分が犠牲になる たとえ相手が低能でもクズでも 自分が我慢すればといつも言う とても美しい考え方だね おめでとう、世界は今日も美しい おめでとう、世界は今日も麗らか オメデトウ、オメデトウ...
胡蝶の夢 朝喜 胡蝶の夢 胡蝶の夢 私にあの夢の続きを見させてください 楽しいお茶会 森の中で遺跡探検 銀河の海水浴 小鳥とデュエット どれもお気に入りの夢なのです 覚めてしまうには惜しい夢ばかりでした 上司と宴会 人間林で家探し 思考の海くらげ 怒れる客と二重奏...
磨り減るヒト オゼキ シンヤ 真っ青なコート紙に巻かれた万華鏡を覗いて、頭で唱える。朝、回れ! 昼、回れ! 夜、回れ! 回れ回れまわれ…… 回った。世界は回転した。さっきまで、朝の情報番組で、未成年による非行に対して、作られた暗い顔で持論を展開していたコメンテーターは、笑顔...
チェックのスカート カンザキ 夢を見た。わたしが女になる夢。普通に街でチェックのスカートを履いている夢。 吹奏楽部の朝練はいつも億劫だ。鏡の前で自分の顔を見て嫌になる。どうしてわたしは男に生まれてきたのだろうか。右の頬にできたニキビがほんのり赤く充血しているのがわかった。...
花鳥種の宴 S氏 この町は十年に一度、空から音楽が降ることで知られている。楽器でも声でもない音が旋律と共に町を覆う。人々はその日山の淵に太陽が触れてから見えなくなるまでの数刻、正装を身にまとい山の方角に祈りを捧げる。この音楽を奏でるものに対する崇拝として古からの伝統だが、誰...