「書けない」 あさぎ
- ritspen
- 2020年5月1日
- 読了時間: 2分
年を取ったと思う。大人になったとも思う。世界のすべてが許せなくて、それを紙にぶつけていた私はもういない。大抵のことは、世の中こんなものかとあきらめ、厭な人とは、ぶつからず距離を取る方法をおぼえた。誰かと直接ぶつかり合うことができない私は、あらゆる理不尽と、紙の上で戦ってきた。ひどく安っぽい、幼い正義も紙の上では、世界を救った。
うまくしゃべれなかった私は、紙の上でだけ言いたいことが言えた。うまく伝えられない主張は、文字にするとわかってもらえた。
大人になった今、伝えたいことは、文字ではなく、声に変わり、直接誰かに伝えられるようになった。私は、小説を書く必要がなくなったのだ。
あんなに私の頭の中で暴れまわっていたキャラクターたちは、私を置いてどこか遠くに行ってしまった。壮大な世界も、冒険も、不思議な森も、今はどこにあるのかわからない。
すべてを許し、あきらめ、現実を生きるようになった私は、紙の上での居場所を失ってしまった。少年のままの彼らは、大人になってしまった私とは遊んではくれないのだ。
大人になりたかった。大人になれば、すべての苦しみから解放されると思っていた。苦しみから解放された代わりに、仲間を失った。たいていの人は幼いころに消えてしまうはずの、イマジナリーフレンドは、人よりもずっと長く、生きるのが下手な私の中にいてくれた。私の気持ちを認めてくれた。私の代わりに、訴えてくれた。世界中の理不尽と、私の代わりに戦ってくれた。私の代わりに、幸せになってくれた。本当に私は彼らを失ってでも大人になりたかったのか。
誰かに伝えたいことも、訴えたいこともなにもない。伝えたければ、わざわざ紙に書く必要はないのだ。私には言葉があるのだから。もう、誰かのアドボガシーはいらないのだ。
私に才能はなかった。あるのは伝えたいという思いだけだった。今は、それすらない。私は書けなくなってしまった。あの苦しかった日々に戻りたいかと問われたら、首を縦には振らないだろう。ただ、今は、無性に、彼らに会いたいと思う。
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