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「エクレアとコーヒー」 あさぎ

  • ritspen
  • 2020年5月1日
  • 読了時間: 5分

少しビターなあの子はガトーショコラ、王道キラキラかわいいあの子はショートケーキ、嫉妬深くて重たいあの子はチーズケーキ。そして、頭空っぽのあの子は、エクレア。

女の子は、甘いお菓子に似ている。大事に大事に作られて、ちょっとでも、分量や焼き加減を間違えると大惨事で、そしてとっても崩れやすいのだ。

今日も狭い教室の真ん中で、頭空っぽのエクレアが騒ぐ。高級スイーツ店のクリームやカスタードがぎっしり詰まったエクレアではなく、スーパーで閉店が近くなった二十時ごろに三割引きのシールが貼られてる、中身がすかすかな、安っぽいエクレア。エクレアは、二重幅の調子が悪いだのなんだのと騒いでいる。目に線が一本入ってるかどうかの違いで人の価値が変わるとは思えないのだけれど、まったくもってきゃあきゃあうるさい。その嘆きを受け止めるのが、シュークリームたち。エクレアよりもちょっとだけ中身がしっかりしてるけど、こっちも甘ったるくてバカみたい。みんな同じ顔してる。違いと言えば、カスタードか、生クリームか、両方入ってるやつかぐらいの違い。そんなことを考えていると、彼女たちの話はあっという間に変わって、クラスメイトの悪口になる。ターゲットは一人孤高のモンブラン。ケーキ屋さんで一つだけ違う形をしてるみたいに、教室で独特の存在感を放つ。ちょっと好き嫌いが分かれがちだけど、私は結構好き。頭空っぽのエクレアよりは断然好き。

「委員長、文化祭の件を決めといてくれるか」

顔を上げると、担任が、数枚のプリントを差し出し、軽薄な笑みを浮かべていた。まったくこの担任はあらゆることを押し付けてくる。実行するより断ることの方がめんどくさい、優等生でしっかりしていて、頼りになるらしい私は、快く引き受けた。

「文化祭の出し物を決めます。意見を自由に出していって、多数決で決めたいと思います」

めんどくさいので、決め方まで最初に口頭で説明をする。誰も文句を言わないのは、納得しているからではなく、ただめんどくさいだけだろう。なおかつ、多数決が本当に民主的かどうかも怪しい。みんな、イチゴのショートケーキをチラチラ見ている。彼女の手がどの意見に挙げられるかで、出し物は決まるだろう。まあ、ある意味平和だし手っ取り早い。本当にかわいいって正義だ。すごくバカみたいだけど。

出来レースの学級会で、文化祭の出し物は、オリジナルクレープ(笑)に決まりお開きになった。オリジナルとか、軽々しく名乗るもんじゃない。かの有名な八つ橋やみかえりやきだって、元祖や本家やらで永遠に争っているんだから、地方の一高校の、一クラスがオリジナルなんて看板をかかげるのはおこがましいとさえ思ってしまう。

それよりも問題は、買い出しが私に押し付けられたこと。ついでに、エクレアが一緒に行くとか言い出したこと。頭空っぽのエクレアは、テキトーに部活に入り、テキトーにやめたので放課後とにかく暇らしい。せめて、おもり役のシュークリームの面々を連れていきたかったが、エクレアよりは中身のある彼女たちは、部活に励まなければならないらしい。頼りになるらしい委員長は、体よく、面倒ごとを押し付けられたのだ。

「疲れたあ。委員長、休憩していこ」

エクレアが今にも地べたに座りこみそうな勢いで嘆く、あんまり大声出さないでほしい。恥ずかしい。そもそも、疲れたといっても、まだ三十分ほどしか歩いていない。しかももとはといえば、エクレアがバス代の二百円がもったいないとか言い出して歩くことになったのだ。まったくどこまで中身のない子なんだろう。

うるさいので、近くのカフェに入り、腰を下ろした。

私は、コーヒーと日替わりケーキ。シェフの気まぐれって、最悪つくらないってこともできるんじゃないだろうか。気まぐれで仕事してて許されるのはバイトぐらいだと思う。正社員だと、責任の面で気まぐれで仕事されたら、クライアントに迷惑だろう。

シロノワールなんて、なんでわざわざ、そんな食べにくいものを選ぶのか。ああ、やっぱりソフトクリームをこぼして制服のスカートをべたべたにしてる。みっともない。

採算で言うなら、バス代二百円より、ケーキ代の八百円のほうが高くつく。経済感覚の違いなのだろうか。はやりのカロリーゼロ理論みたいに、おいしければ、ゼロ円理論なのだろうか。

「委員長はすごいよねえ」

甘ったるく語尾を伸ばした口調でエクレアがしゃべる。このしゃべり方もばかみたいでイライラする。

「なんか、何でもできちゃうもん。私なんか逆に足手まといだよ」

まあそのとおりなんだけど。この子、割と自分のことをわかってるのかもしれない。

女子特有のそんなことないよーを棒読みで言いながら彼女に目線を配る。高校生と思えない幼い雰囲気だ。でも、ひとみの奥は、澄んでいるようで、暗さを持つ。馬鹿みたいに純粋に見えるエクレア。本当は、そうじゃないのかもしれない。

「私も、委員長みたいにしっかりしたいなあ。どうしたらそんなにしっかりできるんだろう」

そう考える時点で、しっかりしてるのかもしれない。この子は、しっかりしてないんじゃなくて、わざと抜けているんだ。抜けているように見せかけているんだ。選ばれるために。

私は求められるから、しっかりしている。エクレアも求められるから、抜けている。ケーキ屋にならぶケーキのように各々の役割を担う。人と被ると、おいしそうな方に負けてしまうから、キャラという名の種類を変えて、居場所を作る。でも時々うらやましくなるのだ。同じ小麦粉や、クリームでできているはずなのに、全く違う形・味・風味。自分もあれになれるはずだったのに。求められてさえいれば、私もあのケーキになれたのに。

でもねエクレア、私こそ、あなたが少しうらやましい。スーパーの見切りコーナーにいれば、誰かが選んでくれるもの。そして、家族の中の小さな子供かお母さんがほっと癒されるのだろう。いろんな人に愛されるあなたがうらやましい。

私は苦いコーヒー。子供たちに顔をしかめられ、わかる人にしかわかってもらえない。

だからあなたの安っぽい胃もたれしそうなクリーム、ちょっとだけなめてみたいな。そう思ってカップの中の黒い液体にミルクを注ぐ。白いミルクは渦を巻き、ゆっくりとカップの中に消えていった――。

 
 
 

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