あとがき 佳河健史
- ritspen
- 2020年12月30日
- 読了時間: 3分
皆さん、お世話になっております。本クラブへの入部届を〝イラスト研究用〟と題したこの世の終わりみたいな別アカから誤爆してしまった佳河です。ツイッター担当の方、お気づきになっていましたら、あの時は大変申し訳ありませんでした。
何? 初耳でした? そのような方は今からこのペンライトをじっと見ていてください。いいですか、3,2,1!
あれ? 僕は何の話をしていましたっけ?
それはともかく、お読みになった方々ならお気づきかもしれませんが、作品の舞台は例のパークです。この国を見渡すとエイリアンは全国に潜伏していますが、例のネズミは千葉県浦安市にしかいません。本来ならば固有名詞を出して執筆するつもりだったのですが……シルエットも許さぬ例の会社の商標を出すのはさすがに不味いだろうと判断し、オリジナルで書くことにいたしました。一応元ネタを仄めかしてはいますので、行ったことのある方はあぁあそこかなぁ? と思っていただければ幸いです。
また執筆歴が浅く、遅筆を自覚している僕にとって今回の作品を出すにあたっては「とにかく書いて、出す、間に合わせる」ということが至上命題でした。どうしてもテーマを見せるためには書きたかったシーン、書けなかったシーンがたくさんあります。それはひとえに僕の力量不足ではあるのですが、それと同時に〆切五分前に慌てながらも提出できたとき、僕の心にあったのは「出せた」という達成感でした。そういう意味ではこれから先、思い出深い作品になっていく気がしています。
さて、今回テーマとなっているのは「テーマパークは友達なのか、ただの場所なのか」です。これはどういうことかと言いますと、子供の頃と成長した頃では、楽しみ方、あるいは楽しみそのものが違うのではないか、という問いです。
電車で行けるくらい、比較的近くに大きなテーマパーク(ⅮやU〇J)がある人間にとって、それは一つの通過儀礼のようなもので、家族はもちろん、人付き合いで行くのみならず学校行事など、とにかく節目節目にテーマパークに行くことになります。そういった青春を送っていると「夢の国に現実がついてくる」という感覚を徐々に覚えてきたのです。もちろん友達と遊ぶパークも大切なことに変わりはないのですが「人付き合いを楽しむならパークじゃなくても良くないか?」という純粋な疑問が浮かび上がり、今回の執筆の動機となりました。
正直「いや、一人で行って楽しめばええやん」で済む話でもあるのですが、もしかしたらその違いに気がつかないままパークを楽しめなくなってしまう人間がいるのではないかと思い、それが主人公の輪郭を形作りました。
僕としてはパークを友達と思うもよし、場所と思うもよしとしています。
「そうかも?」とか「これはありえんだろ?」などいろいろと感じていただけたなら、作者冥利に尽きます。
最後に、僕の拙作を読んでくださった方々、細やかに校正をしてくださった方々にこの場を借りて心からの感謝を書いて、終わりにしたいと思います。
皆さま、本当にありがとうございました!
最後の最後に。ありえんとAlienを掛けたの気づきましたか⁉
以上です。
(佳河健史)
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